中津市の日出生台学習会に参加

中津市の日出生台学習会に参加
― この映画を一人でも多くの人に ―

大分県にある日出生台を知っていますか。由布市湯布院町と玖珠郡玖珠町、九重町にまたがる広大な演習場です。緑の大地が広がる自然いっぱいの素晴らしい高原。しかし、ここは明治時代から軍隊の演習場として使われてきました。そして今は、在沖縄米軍海兵隊が実弾射撃訓練場として使用しています。

その日出生台での在沖縄米軍海兵隊の訓練や訓練後の様子を、見事に1時間の記録映画に収めた「風の記憶 湯布院―日出生台1996〜2022」(高見剛監督)が完成し、それを見る機会に恵まれました。
湯布院で開催される「ゆふいん文化・記録映画祭」で初上映された映画です。私は残念ながら、その上映日に行くことができず観ることができなかったのですが、連れ合いが「ぜひ観てみたい」ということで事務局に問い合わせたところ、「中津市で上映する」ことがわかり主催団体の一つ「中津地区平和運動センター」にお願いして参加させてもらうことができました。

集会の名前は「第35回平和の鐘まつり」。1986年から毎年、反戦・反核・反原発をテーマに開催されている集会です。「中津地区平和運動センター」「ピースサイクルおおいた」「草の根の会・中津」の三者共催だそうです。それぞれがしっかり活動をしていて、コロナでこの2年ほどは開催できなかったようですが、今年3年ぶりに会を開いたそうですが、多くの方が足を運び熱心に映画やトークに耳を傾けられていました。

映画はちょうど1時間の上映でしたが、その内容はとても濃いものでした。日出生台演習場の歴史と沖縄在留米軍海兵隊がなぜ日出生台へ来たか、そして官民が反対運動に立ち上がった経緯など、時系列で映像が追っています。やがて、行政側が押し切られ住民が主体となって反対運動を続ける様子や、段々と日本政府との約束さえ「反故」にし、「傍若無人」に振る舞うようになる米軍兵士たちの姿をカメラはしっかりと記録しています。
なぜ、このような事態になってしまったのか。日本はアメリカの「属国」なのか。日本各地に米軍基地を抱える私たち日本国民は、「本当にこれでいいのか」と考えさせられる映画です。特に、大分県の人たちにはぜひ一度観ていただきたい映画です。

映画上映後は、映画の監督である写真家の高見剛さん(由布院空想の森美術館館長)と訓練を監視する市民グループ「ローカルネット大分・日出生台」の浦田龍次事務局長のお二人が登場し、トークタイムとなりました。お二人の映画に込めた思いや願い、米軍訓練に対する怒りなど、約40分ほどお話を聞くことができました。

【反対運動をする人が少なくなったのは?】
高見さんー最初は官民一体で反対した。その後、県知事(当時)の「如何ともしがたい」の言葉で、だんだん人が離れていってしまった。
浦田さんー反対運動に来ない人はどうして来ないのか、私も知りたい。反対運動は本当にたいへんだが、でも続けなければ、、、。本土5箇所で演習が行われているが、日出生台が一番米兵の外出を食い止めてきた。しかし、今年はついにそれも自由になってしまった。
【映画の題名はなぜ「風の記憶」なのか】
高見さんー日出生台の写真集を出すときに「風の記憶」とつけた。巻頭の言葉を頼んだ筑紫哲也さんが「いいじゃないか」と言ってくれた。米軍訓練の情報は何も入ってこない。何かあっても、風のように少しでも早く日出生台に駆けつけることができるように「風」を使った。
浦田さんー日出生台に来てくれたいろんな人たちの「記憶」という意味で。
【映画を作った理由は】
高見さんー北海道で最後の一人になっても居座って反対運動をした人がいた。その人の周りに人が集まって大きなうねりを作ったという映画を観たから。
米軍は今回は自分たちのしたい訓練をするようになった。もう隠さないという「方向転換」をしたのではないか。
浦田さんー住民主体で反対運動をしているのは日出生台だけ。SNSでネットワークを立ち上げたが、他から連絡はなかった。
訓練の協定は大分県と九州防衛局の間で交わされたもので、米軍は入っていない。それで自分たち(米軍)は関係ないという立場。しかし、今回は日米合意(訓練日数年間35日)さえも破っている。大変なことなのに、他の演習場を抱えている自治体は、それをよくわかっていない。

周りの人たちに、これは大変だよ!ということを知ってほしくて、この映画を作った。

 < 映画のチラシより >