核廃絶・平和行政を市長に要請

核廃絶・平和行政を市長に要請
原水禁平和行進 in 臼杵 7月21日
少し前にさかのぼりますが、7月21日に原水禁の平和行進が臼杵市で行われました。コロナ禍前までは、市内を2時間近く街宣しながら行進していましたが、コロナの感染拡大に伴い行進は中止。しかしながら、市長や議会議長への要請行動は従来通り継続して行っています。
当日は、中野臼杵市長も匹田市議会議長も公務で不在。加島政策監、望月秘書・総合政策課参事、平山議会事務局長に対応していただきました。私たちは、臼杵地区平和運動センターの上山議長に小野事務局長、県平和運動センターの姫野事務局長が参加。他に臼杵市議の3人(長田・奥田・匹田の各氏)も同席しました。
上山議長や姫野事務局長から、それぞれ臼杵市に要請書を手渡し、核兵器のない社会の実現と平和を中心に据えた行政の執行を要請しました。臼杵市は2009年に非核・平和都市宣言をしましたが、そのことをもっと市民にアピールすべきです。そして、自信をもって平和行政の推進にあたっていただきたいと思います。

臼杵市に戦争遺跡や資料を後世に伝えるための施設を
要請行動のおり、臼杵市に残る戦争の資料や遺跡、戦争体験者の証言を集めた施設の設置を提案しました。戦争の記憶がだんだんと遠くなる中、戦争体験者も高齢化しそのお話を聞ける機会も少なくなってきています。今のうちに、それらの証言を集め保存することは、これから子どもたちが戦争を学習するときの大切な教材になっていくことはまちがいありません。他市ではそのような施設を市が設置し管理しているところもあります。福良ヶ丘校区にある「防空壕」も貴重な戦跡です。もっと、自由に多くの人が見学できるよう、行政が支援をするべきです。もし、臼杵市が本気で取り組むのであれば、県にも助成を強くお願いしようと思うし力になりたいです。
ぜひ、臼杵市には前向きな検討をお願いしたいですね。

デ・リーフデ「奇跡の来航」記念追悼献花式典参加

~ 過去と現在を結ぶ、臼杵の歴史に改めて心を寄せる ~

本日2021年4月19日は、デ・リーフデ「奇跡の来航」記念追悼献花式典に参加してまいりました。

今から420年以上も前の1600年4月19日、リーフデ号でオランダを出発したウイリアム・アダムスが臼杵市佐志生の黒島に漂着した日です。記録によれば、出港時には110人いた乗組員が、漂着時には24人しか生き残っていなかったそうです。当時の航海がいかに過酷で厳しいものであったか、想像に難くありません。

そんな厳しい環境の中、黒島にたどり着いたアダムスたちを、当時の佐志生の人々は優しく温かく迎え入れ介抱しました。やがて、ウイリアム・アダムスは徳川家康に重用され、外交顧問として歴史の舞台で活躍することになるのです。

臼杵市の佐志生の海に浮かぶ黒島は、周囲が3キロメートルほどの小さな海水浴場ですが、水は澄んでいて夏には多くの海水浴客でにぎわいます。島の情景を見ていると、420年以上も前に、そのような歴史的な出来事があったとは思えないほど、自然が豊かでのどかなところです。

しかし、佐志生の人たちは、その歴史と不幸にして航海中に命を落とした乗組員の魂を忘れまいと、毎年4月19日には来航記念追悼献花式典を開催してきました。昨年は新型コロナウイルス感染拡大のためできませんでしたが、今年は県内関係者に限定して開催されました。私も招待され参加してまいりました。

議員としての仕事の一つには、世界の人々と友好な関係を作り平和な世界を築き上げていくことがあります。遠い歴史に思いを馳せるとともに、これからも日本とオランダの友好関係が末永く続くことを願いながら、献花を行ってきました。今はコロナ禍の中、様々なことが制限されていますが、過去と現在を結ぶ臼杵の歴史に改めて心を寄せながら、議員としてできることに精一杯頑張る気持ちを新たにしてきました。